2010/10/16

The York Mystery Plays 2010 (1): イントロダクション

The York Mystery Plays 2010:(1) イントロダクション

At the Eye of the York (at the square in front of the Clifford Tower of the York Castle)
2010.7.11

イントロダクション

以前にも書いたように、今年の7月11日と18日、北部ヨークシャーの古都、ヨークで中世の聖史劇(Mystery Plays)が上演された。中世から近代初期イングランドで行われていた聖書を題材にした一連の劇で、類似の聖書劇は、ヨーロッパ大陸の各地、そして大航海時代にキリスト教宣教師がわたった植民地(例えば南米やフィリピンなど)でも行われていた。大抵の国や地域では、近代の訪れと共に、宗教改革のために廃止されたり、経済的要因で上演が出来なくなったりした。イングランドを含むイギリスでは、14世紀後半から大変多くの都市でMystery Playsや類似の聖書劇が行われていたが、遅くとも16世紀後半には、全て宗教改革等の為に上演されなくなった。しかし、20世紀になって、各地でこのいにしえの文化を復興する運動が起こり、地域の一般の人々を中心として、丁度日本のお祭りにおける芸能のように、再び行われるようになった。更に、Royal Shakespeare CompanyやNational Theatreなどのsubsidized theatresでも何度か上演されている。不定期の上演や短い、一部だけを取り上げた上演まで含めると毎年イングランドや北米のどこかで複数の上演がなされていると言って良いだろう。Mystery Playsについて細かく説明するのはこのブログではとても出来ないので、詳しくは、York Mystery Playsの公式サイト(英語)やウィキペディアやブリタニカ等の記述を読んでいただきたい。

ヨークやチェスターなどのMystery Playsは、ひとつの劇ではなく、たくさんの短い劇(ヨークの場合、Richard Beadleのエディションによると47作品)を次々に上演することによって、聖書の天地創造からキリストの生誕、受難と昇天を経て、最後の審判の日に至る壮大な歴史を描いている。今回のYorkでのように、現代の上演に置いては、それらの多くの劇から主要なものを選別したり、複数の劇の台本をひとつにまとめたりといったアレンジを行った上で上演することが多い。また英語も当時の中世の英語ではなく、観客に分かるように現代の英語に直してあることがほとんどだ。但、全ての劇を出来るだけ当時のままに上演しようとする試みも稀にある。中世のヨークにおける上演実施団体は職業別の組合(guildと呼ばれる。例えば織物商組合とか、大工の組合など)。組合とは言うが、現代のような労働組合ではなく、同業者の団体であり、現代日本のお祭りに参加する商店会とか地元企業の有志などに近いかもしれない。以下のメモに示しているように、今回のYorkの上演の上演団体は、中世同様、ヨーク市の幾つかの職業組合に加え、大学等の団体、アマチュア劇団、教会のグループなど、地元の一般の人々である。以下の最初の劇(Pageant)を例に取ると、中世において上演を担当したのは、Plasterers(漆喰職人)。劇のタイトルが、「天地創造から5日目まで」、そして、今回の上演での担当はthe Guild of Building(建築業者の組合)である。その後にある14:15-30は、私が計った大体の上演時間。

ヨークや幾つかの中部から北部イングランドの都市におけるMystery Playsの大きな特徴は、これらの短い劇が、車輪の付いた、西洋式の山車(曳山)の上、あるいはそのまわりの地面、で上演されたと言うこと。この山車を英米の学者は普通pageant wagon(パジェント・ワゴン)と呼んでいる。これは日本のお祭りの山車の上で行われる歌舞伎、踊り、人形浄瑠璃等を思い出させる。街の広場など、幾つかの場所で山車を止めて、芝居を上演し、そしてまた他の場所に移って上演する、という形式。見る者は、一カ所に居れば、山車が次々とやって来て、順番に芝居を上演してくれることになる。ヨークのように長大なMystery Playsの場合、北国の長い夏の一日に、夜明けから日没まで上演されたと思われるが、チェスターの場合、ある年には3日間に分けて行われたという記録もある。中世においても、毎年全ての劇を上演したかどうか分からない。現代のヨークでは、かなりダイジェストして行われるが、それでも私のいた場所では、午後2時過ぎから、8時前までかかった。その間ずっと上演が続くわけではなく、ひとつのグループが劇を終わり、片付けて去って行き、次のグルーブがやって来て準備をして上演を始める間にかなりの間隔があるが、これは昔も今も同じだろう。また、今回は、途中で長いインターミッションがあった。

次からのポストでは、写真を交えつつ、今回のヨーク市における上演で私が感じたこと、特徴などを、前後半に分けてメモしていく予定。元来、自分自身の為のメモとして書いたものであるから、各ペイジェントの詳しい説明はしておらず、予備知識のない方には不親切だが、ご容赦下さい。

上演があったClifford Tower前の広場(別名The Eye of York)

ノルマン時代の城の天守閣、Clifford Tower

最初の劇(pageant)の上演のために、山車を引っ張って広場に到着した人々

写真や文章を使われる場合は、用途など、予めご連絡下さい。

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